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掲示板「萬象公論所」を閉鎖します

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2014年 6月20日(金)10時27分30秒
編集済
   長い間、拙文を掲載してきましたホームページ「田舎暮らしを楽しもう」とその中に設置した掲示板「萬象公論所」を2014年6月末日をもって閉鎖します。

 閉鎖の理由は①高齢化(今年7月で満79歳)による認知症と綠内障の進行②インターネットなどパソコン操作や管理(ウイルス対策などが)スムーズにおこなえす、パニック状態になる③長距離ドライブなど旅する機会も減り、メル友たちが相次いで他界するなどパソコンを使用する機会が減少したーーことなどです。このほかパソコンを使った犯罪の多発なども気になります。

 「萬象公論所」には昨年7月23日付の「ねじれ解消で独裁時代に突入」以来約1年間投稿しておらず、事実上閉鎖状態でしたから未練はありませんが、これまでに2冊自費出版した自分史「私の過去帖」に同掲示板の投稿から抜粋転載できたことが、冥土ならぬこの世への置き土産となったことを幸せに思っています。

 長い間ご覧頂いた皆様に心から感謝申し上げて、お別れの挨拶と致します。

 平成26年6月20日       萬象公論所のあるじ  寺崎 進
 
 

ねじれ解消で独裁時代に突入?

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2013年 7月23日(火)10時42分22秒
編集済
   ねじれ解消の成否が焦点の参院選挙が自民党圧勝で終わった。安倍総理は選挙後の第一声で「国民の信任を得たので、これからは決められる政治を力強く推進したい」旨の発言をした。

 なるほど選挙結果は選挙区の数でいえば沖縄と岩手以外はすべて自民党候補が当選している。安倍首相でなくても、この選挙結果から「国民の信任を得た」と考えてもおかしくはないが、果たしてこの論理構成は正しいのだろうか。

 まず選挙区での党派別得票数。与党(自公両党)の42.74%に対し野党9党の得票合計は52.13%と10%も上回っている。つまり有権者の半数以上が野党候補に票を入れているのだ。さらに選挙区では戦後三番目に低い投票率(52.61%)となった今回の選挙の有権者数約1億7百万人のうちの5千6百万余人が野党側に票を投じたのに対して、現政権与党に投票したのは4千5百万余人だったという驚くべき数字が浮かび上がってくる。

 上記の通り得票数では野党を10%も下回った与党(自公)だが、選挙区での当選議員数では今回の改選数73議席数の69%に当たる51議席を獲得、野党の22議席(30%)の倍以上の当選者をだしている。これは、現行選挙制度のカラクリで、今回の選挙で4割しか得票していない与党が7割の議席を得て、過半数の票を得た野党側は3割しか当選者が出ないという何とも奇妙な逆転現象を見せている。

 これが安倍首相の言う「国民の信任を得た」と誇らしげにいうアベノミックスの基盤なのだと思うと、議会制民主主義の危うさを感じない訳ににはいかない。もちろんこの背景には、現行の選挙制度(ドント比例方式)や一票の格差、死に票の扱いや二院制の問題などがあって、そう簡単に解決できない‘宿痾(しゅくあ)’となっていることは確かだ。

 しかし‘宿痾’の治療法も時代とともに進歩している。ねじれに悩まされ続けた安倍首相が、「ねじれ解消」をスローガンにした心理はよくわかるが、ねじれを生まない「一院制」にするとか、衆院と同じ選挙区と比例の併用をなくすとか、「みんなの党」の言うような「一人一票制」にするとか様々な方策が考えられる。だが、選挙制度を利害関係者である国会議員が決めること自体がそもそもおかしいのだ。土俵の大きさや形を力士だけで決めるに等しいことに有権者は早く気付くべきだ。

 今回の選挙結果が突きつけた問題は、「ねじれ解消」という与党のスローガンの持つ重大な意味を有権者が見抜けなったことだろう。あの独裁者ヒトラーを生んだのも議会での多数であり、太平洋戦争に日本国民を塗炭の苦しみ苦しみに追いやったのも大東亜共栄権構築を掲げた「大政翼賛会」運動を支えた帝国議会なのだ。「決められない政治」にうんざりした日本国民が「ねじれ解消」に走る気持ちはわからなくもないが、独裁時代に向かって走り出してからのブレーキは効きが悪いことは世界の歴史が証明している。

 それにしても、「主権」を持っているはずの有権者の投票率の低さは、何となく無気味である。「パンとサーカス」に浮かれている衆愚政治の前兆ではないかと心配しているが、本心ではこれが全くの杞憂に終わることを祈っている。
 

日本人は大人になれたのか?

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2013年 6月26日(水)11時40分15秒
編集済
   今年1月から丁度六ヶ月この欄への投稿を休んだ。理由は今年1月23日の投稿「沈没船日本丸の行き先は?」でも述べた通り、「書く気にならないから」である。所詮徒労に終わる作業をすればするほど虚しさが倍増する。

 思えばこの半年間、日本はもとより世界が大きく変わった。その変化が世界や人類にとって好ましい(未来への明かるい展望が期待出来る)ものであるかといえば、とてもそうは言えないだろう。日本でいえば「アベノミクス」による経済成長戦略はともかく、「強い日本」への富国強兵路線に踏み出そうとしているようにも見える。他方、護憲・平和を唱えてきたはずの野党勢力は結束ができず、足の引っ張り合いで与党の思うがままの政権運営に手を拱いているばかりだ。

 また、世界でもシリアをはじめアフガン、トルコ、ブラジル、朝鮮半島などでの紛争は解決の見通しもなく、米・中・露の三極が微妙なパワーバランスの上に辛うじて表面的な平和を保ってはいるものの、一触即発の危険因子(尖閣問題も含めて)は数限りなく存在している。これらの諸懸案をどう解決していくかは、これからの若者(多分現在五〇歳以下の若者)たちが、どれだきの叡知と洞察力をもっているかにかかっている。

 こうした環境の中で現在の社会現象をみると、報道されているニュースを見る限りそのあまりの‘お粗末人間’の横行ぶりに驚く。親殺し子殺しはもとよりストーカー殺人いじめ殺人と、殺人がいわば日常茶飯事化している。また殺人の動機や理由も不可解なものが多い。恐ろしい世の中だ。こうした現象は世界の諸国でも同様に起きている。文化のグローバル化によって、犯罪または犯罪者のグローバル化が進み、世界を股に犯罪者が跳梁跋扈する時代でもある。タックスヘイブンを利用した脱税行為(現在は合法だが)が横行し、G8でも問題になったほどだ。

 政治家の質が問題になっている。選挙の事しか眼中に無いとか何も決められないとか揶揄されているが、これは政治家だけの問題ではなく、日本人すべての問題である。戦後アメリカから与えられた憲法と民主主義を日本人が自分たちのものとして会得できなかったことに最大の原因がある。

 いま、やれ「押し付け憲法だ」とか「自主憲法制定」を言っている人たちも、主権在民の民主主義が「押し付けられた」ことによって戦後の日本が築かれたことは認めざるを得まい。都議選ばかりではない。民主主義の根幹をなす選挙の投票率が、その国の‘民主化度’を端的に表す。憲法改正のための国民投票は、投票率50%なら有権者の4分の1以上の賛成でいともたやすく実現する。世論調査で「どちらとも言えない」と答えるdon't know groupは衆愚政治の温床でもある。

 問題は時代に適合できなくなった条文をどう変えるかであって、民主主義や主権在民、基本的人権の尊重など、憲法の基本理念そのものを変える必要はあるまい。それよりも大事なことは、憲法制定当時アメリカから「日本人はまだ12歳」と言われたことの意味を十分考えてみる必要があろう。この60年の間に日本人は少しは大人になったのだろうか。  
 

‘沈没船’日本丸の行き先は?

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2013年 1月23日(水)11時22分14秒
編集済
   昨年一月から約四ヶ月、この欄への投稿を休んだ。理由は「書く気にならないから」だった。今回は約二ヶ月間の休止だったが、それでも「近いうち解散」が実現して、ようやく日本丸の進路が見えてくるかと思いきや、史上最低の投票率、しかも小党乱立で選挙協力もままならず、結局有権者の三割程度しか支持を得られなかった自民党が圧勝するという小選挙区制マジックの結果となった。しかも、今回の選挙は、司法から‘違憲’の判定を受けた選挙制度のままで実施されたものだった。これが「民意」だったとは到底思えない。

 その後の安倍新政権の動きを見ていると、今夏の参院選まではとりあえず景気対策一本で行き、ここで「ねじれ」を解消した後いよいよ本命の「憲法改正」のための手続き(発議条件の緩和など)に進んでいくとみられる。そのためには閣僚などの不祥事や舌禍事件など野党側の攻撃材料を極力与えぬよう細心の注意をしている。社保制度改革国民会議における麻生副総理の「死にたい人に金をかけすぎ」発言を慌てて取り消し、議事録から削除したのにも、その一端が表れている。

 問題は安倍政権が「失われた20年」のあいだに老朽化した沈没寸前の日本丸をどこへ向かって曳航しようとしているのか。最終目的地とはいわぬまでも、せめて最寄りの寄港地ぐらいは国民に示すべきではないか。「強い日本の再生」と抽象的には言えても、それを実現するための具体的手順、さらには国民を引っ張っていく目的意識とそれを支える哲学をはっきり示すことが必要なのではないだろうか。

 昨日(1月22日)テレビでオバマ米大統領の就任式の模様を見た。「チェンジ!」を合言葉に初当選した前回の就任式に比べれば人出は半減したそうだが、各テレビ局のレポートや参加者へのインタビューを見ていて、オバマ氏に対する国民の期待と熱気が伝わってきた。オバマ大統領は演説で「米国再生へ国民の結束」を呼びかけ「先延ばしする時間はない。行動しなければならない」とし「平等社会の実現」に強い意欲を示した。安倍首相も国会で所信表明や施政方針演説をするだろうが、官僚の作文を棒読みするのではなく、哲学に裏付けられた自分の言葉で(オバマは原稿なし)説得力のある演説を期待したい。

 
 

「暴走老人」にエール、'政治屋'たちに喝!

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2012年11月17日(土)12時20分22秒
編集済
   野田首相の「やけっぱち解散」で日本の政界もようやく動きだした。「最後っ屁」としてゼロ増5減と議員歳費の二割削減を解散の条件に加えたが、これほど簡単にできることを党利党略・個利個略のためにこれまで言を左右にして実現してこなかった‘政治屋’たちの不遜な態度に腹がたつ。この連中には恥を知る心はないのか。こういう手合は与野党を問わず、みんな「喝!」だ。

 それにしても、解散直後の首相の記者会見をテレビで見て驚いた。あの会見は日本国の首相として解散に至るまでの国民への説明ではなく、民主党代表としての選挙演説第一声としか思えない内容だった。何よりも不毛の三ヵ月間の政治停滞について、行政府の長としてのお詫びと反省が一言あって然るべきだったが、解散のための「環境整備」が整わなかった責任を野党に押し付けたまま、政権与党としての責任についての反省や謝罪の弁を聞くことは結局できなかった。

 解散を受けて石原前都知事や橋本維新の会を中心に所謂「第3極」の動きが活発化している。現時点でも既に十を超す政党が乱立しているが、この中では石原氏の動きに注目したい。齢八十を過ぎてなお日本国の未来に思いを馳せている石原氏の情熱を買いたいし、それを橋本氏の天分に期待する石原氏の執念は、そう簡単には消えそうもない。ただ自ら「暴走老人」と自認する同氏の「橋本義経を頼朝に育てる弁慶になる」という言葉には、同年代の憂国の士としてエールを送りたい。

 今回の選挙では過半数を制する党は出てこないという見方が多い。だから、選挙後にどの党と組むかとマスコミは政策の違いを書き立てて組み合わせの予想をしている。これほどの多党化状態を経験したことの無い(敗戦直後にあったかも?)日本では致し方ないが、有権者の利害が多様化、複雑化した現代社会では、多くの政策課題がすべて一致する政党が無いことも事実だ。小異を捨てて大同団結することができなければ、連立政権ではなくテーマごとの部分蓮合とするか、憲法改正や消費税増税、PTT問題のような重要施策については党議拘束を外し、議員個人の判断を尊重することも必要になろう。

 いずれにせよ、国家百年の大計より党利党略・個利個略、自分の生き残りが最重要な‘政治屋’にはこの際すべからくご退場願いたいと思うのはひとり私だけではあるまい。民主主義的選挙では、その国の選挙民のレベルに等しい等身大の政府が作られるというが、今度の選挙で選挙民の知的レベルがどう出るか注目してみたい。
 

‘本の火葬’を終えて

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2012年 7月20日(金)12時21分54秒
編集済
   今年「喜寿」を迎えたのを機に、昨年から始めた身辺整理を加速させている。とりわけ難航したのが蔵書の整理だった。正確に数えたわけではないが、その数およそ1500冊ぐらいか。学生時代から愛読した日本の小説、随筆、評論、伝記類などの単行本が主だが、他に全集物(日本の古典文学や日本の歴史、現代日本の美術全集など)や、趣味で始めた陶芸関係の本、更には、特派員時代に集めたフランス語関係の小説や実用書(ミシュランの地図や旅行案内など)のほか仏語辞書などなどジャンルはかなり広範にわたっている。


 これらの本を二階の書斎から階下の座敷に運び、本の背表紙を上にしてタイトルと著者が一目でわかるように並べたが、8畳の座敷がいっぱいになり一部は積み重ねなければならなくなったほど。とりわけ老骨にこたえたのは、重い書籍を二階から階下に運ぶ重労働だった。仮に蔵書が1500冊とすると一回に20冊程度を運べたとしても、合計で70~80回は13段の我が家の階段を昇り降りした計算になる。ただでさえ足腰が衰えてきた老人にとって、この作業はカミュの「シジフォスの神話」にある‘大石を山頂に押し上げる刑’にも等しい苦役であった。

 一週間ほどで運び降ろしたこれらの本を、どう処理するかがまた大問題。昔は古書は古書店へ売り払うのが常識だったが、世の中は変わった。先ず古書店そのものが減少した。電話帳で探しても小生が住む(天童)市内には所謂古書店は無い。周辺の市の古書店らしきところに電話してみても遠路わざわざ見に来るほどの熱意も魅力もなさそうな応答だった。そこで大震災被災地の図書館への寄贈を考えたが、これも「津波で図書館が流され、贈られても収納する場所がない」とのこと。地元の図書館や高校の図書室などへの寄贈を申し出ても「お志は嬉しいが、本を並べるスペースが無い」と慇懃に拒否されてしまった。

 本の整理を始めて約6ヶ月。階下の8畳間にあった本はすべて処理することができた。一部は今風の横文字名の古書店(漫画や文庫・新書本とCD・DVDが主力商品の店)へ、一部はインターネット販売店(古書の名前や状態をリストにして表示し、ネットでの注文を待つ)へ、最後にはゴミ焼却の公共施設へ(本の重量10Kgにつき150円の処理料を支払う)持ち込むことでようやく処理することができた。

 小生にとって今回処理した書籍はいわば幼い頃から現在に至るまでの精神の栄養源でもあった。小学生時代に終戦を迎え、戦後の混乱から安保闘争時代、高度経済成長期を経てバブル崩壊、失われた20年、そして日本社会が液状化し崩壊寸前の危機を迎えた現在まで、小生の精神、思考、行動を支えてくれたのはこれらの本であった。いわば、小生の存在そのもの、生き方そのものはこれらの書籍の存在を抜きにしては語れないといえよう。書籍は小生の血液であり、知的な栄養物でもあった。

 ゴミ処理施設の焼却炉に100Kgの本を段ボールごと投入したとき、私は自分自身が丸ごと焼却炉の中に投げ込まれたような気がした。‘本の火葬’は自分自身の火葬のようにも思えて仕方がなかった。合掌

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「雪隠詰め」政局の行く先は?

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2012年 7月 4日(水)12時46分17秒
編集済
   消費税増税を巡る政界のゴタゴタは、小沢グループの離党、造反者の処分で一応のケリがついたが、政界再編を巡る混乱はむしろこれからが本番。「国民の生活が第一」で政権についた民主党だが、国民生活そっちのけで内紛に明け暮れる日々の報道に、有権者はホトホト嫌気がさすだけではない。そんな「二枚舌政治屋」どもに振り回されているマスコミの野次馬根性にも吐き気を催す。「数合わせゴッコ」につき合わされている国民の憤りは、もはや限界点に達している。

 先ず「小沢」。剛腕、壊し屋の異名を持つ小沢の過去はあえて問うまい。一部の信奉者を除けば、この段階で小沢新党に期待する国民はあまり居まい。だが、小沢には細川政権と自・自連立政権、それに3年前政権交代を実現させた‘勲章’がある。その「夢よもう一度」の思いを持つ人(本人を含めて)も居ないわけではない。だが、小沢を取り巻く現実は厳しい。苦し紛れに「オリーブの木」などといっているが、オリーブ嬢にはポパイという強い信奉者が必要だ。さしずめ橋下新党など地方の首長などを心当てにしているようだが、現段階ではいずれも小沢との‘連携’には否定的だ。ひょっとすると‘子供手当て’で裕福な鳩山が資金力でのポパイ役になれるかもしれないが・・・。

 一方、小沢切りを決断した野田の側も、衆参合わせて50人もの離党者が出た上、党内にはまだ「残党組」が少数ながら居て、一朝事あれば野党と組んで内閣不信任案が通る危険水域にあることが不安の種だ。参院で離党届を出した12人が今後どう動くかも不安要因の一つ。更にこれまで増税法案に協力してきた自民党も、9月の総裁選をにらんでの党内情勢はかなり複雑で、流動的だ。加えて、公明党は選挙制度改革法案が絡むと、三党合意の枠組みから外れる危険性もあるだけに、今後の政局の行方はますます混沌となって行きそうな情勢にある。

 つまり、現時点の政局は「決められない政治」からの脱却どころか、「誰も動けない」まさに「雪隠詰め」政局となっていると言えよう。政治家の誰もが「今動くのは損」とばかりに、お互い(複数)の相手方(政党や個人)の出方を窺っているという「総すくみ」の状態にあるといってもよい。迷惑するのはこんな政治家達をただ眺めているしか無い主権者たる国民だ。解決しなければならない事柄は山積している。それは消費税問題だけではない。外交・防衛、経済・景気、原発などのエネルギー問題などなど。それらをすべて「ほったらかし」にして自陣営の数(人数)集めに狂奔している‘政治屋’たちの姿に、国民は不信、失望を通り越して憤りを覚えている。

なお「雪隠」に関する諺の中に「雪隠で饅頭」というのが辞書に載っている。この諺の意味は①こっそりと自分ひとりだけで利益を得ようとするたとえ②きたない場所でうまいものを食べてもおいしくない意、とある。果たして「雪隠で饅頭」を食べるのはいったい誰なのだろうか。
 

「泥鰌の地団駄」にならねばいいノダが

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2012年 5月28日(月)17時00分6秒
編集済
   泥鰌(ドジョウ)にまつわる諺を探してみると、「泥鰌の地団駄」というのが見つかる。自分の力の弱さを省みずに大敵に向かうことで、はかない抵抗、向こう見ずの行動を取ることを冷笑的に表したものだ。泥鰌には足らしい足は無いのだが、その泥鰌が踏めるはずがない地団駄を踏もうとしているのを冷ややかに見ている様を表す。一般には「蟷螂の斧」とほぼ同様に使われている。

 泥鰌宰相といって登場した野田首相が「政治生命を賭ける!」と繰り返して成立を期している「税と社会保障の一体改革」法案、簡単に言えば「消費税値上げ」法案が民主党内の反対勢力の抵抗で成立が危うくなってきたため、その反対勢力の旗頭の小沢一郎元党代表とサシで(輿石幹事長も同席するが)「腹を割って」(首相)話し合おうとしている。同じ党の現代表と元代表が話し合うことが、これほど大々的に報道され注目を浴びること自体、いささか常軌を逸したことのように思える。

 それはさておき、首相と小沢氏は会談前から「命がけで通す」「消費税値上げに反対」と旗幟を鮮明にしており、小沢氏は「話し合っても意思は変えない」とまで表明しているのだから、結果は会談前から判っている。そんな無意味な会談をなぜやるのか。首相にしてみれば、法案を閣議決定するまでにも党内手続きは順次行って来たのだから、最後の段階に来て「採決」する場合にも、「サシの会談」までして説得しておけば「党議拘束違反者」には‘厳罰’をもって臨めるという胸算用があろう。

 一方、小沢氏側にすればここで「マニフェスト違反の消費税値上げ」を許せば、次の選挙で小沢チルドレンは壊滅的打撃を受けるだろうし、民主党自体が分裂しても「値上げ反対」の旗」だけは降ろさない方が生き残れる確率が高くなると読んでいるのだろう。いずれにせよ、獅子身中の虫である‘豪腕’小沢氏をかかえたまま泥鰌宰相の腕と度胸が試される瞬間が刻一刻と迫っていることだけは確かだ。

ただし、これだけ結果が見え見えの田舎芝居を演じるのだから、そこで何が話し合われるのかも興味のあるところだ。即ち、民主党にとって今、最も避けたいのが総選挙だ。この点では首相も小沢氏も一致する。ならば、党の分裂を回避しながら両派が掲げた旗幟を鮮明にしたまま、延長国会になだれ込むという手もあり、そこは「一寸先は闇」といわれる政界ゆえにどんな‘裏技’が出てくるかは予測ができない。泥鰌は寒い冬期は泥の中で過ごすというから、これからは暑い夏ならぬ泥鰌の‘冬眠の季節’に入るのかもしれない。

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かくも長き「不在」のお詫び

 投稿者:寺崎 進  投稿日:2012年 5月 9日(水)12時40分35秒
編集済
   前回の投稿(24年1月9日)から4ヶ月。この掲示板に書き込みをを始めてから初めてのかくも長き「不在」をお詫びします。その理由は専ら個人的なもので、説明のしようもありませんが、率直に言えば「その気になれなかった」だけで、格別の理由があるわけではありません。昨秋二冊目の自分史「続・私の過去帖」を自費出版して、自分の仕事に終止符を打ったことや、身辺整理(蔵書や陶芸作品の処分)に追われていたことも事実です。

 いずれにせよ、このホームページも間もなく「閉店」とする予定なので、投稿を再開してもそう長い期間ではないとは思うが、どうなることやら。将来のことはとにかく「神のみぞ知る」ということにしておきたいと思っている。

http://www8.plala.or.jp./Hobby/

 

「ネバー」と叫んでも既に「ギブアップ」状態

 投稿者:寺崎 進メール  投稿日:2012年 1月 9日(月)19時06分58秒
編集済
   先ごろ野田首相が発表した「税と社会保障の一体改革」案なるものを見て驚いた。この程度の案ともいえない「案」(しかも民主党内だけの意見)をまとめるのに、やれ「年内だ」いや「年越しだ」などと大騒ぎして、やっと発表した内容の何ともお粗末なこと。決まったことは消費税の二段階値上げの上げ幅と時期だけ。社会保障の方は殆ど手がついていないというズサンなものだ。要するに少子化と高齢化という人口構成の変化に対応できない(厖大な国の借金もある)からこの際増税をするしか打つ手がないことを理解してほしいという‘お願い’会見だったのだ。

 それならそれで、もっと‘お願い’らしく辞を低くして有権者の理解を求める言葉遣いやら態度で示すべきところだが、いきなり「ネバー、ネバー、ネバー、ネバー、ギブアップ」の連呼では増税のお願いどころか‘説教強盗’ともいうべき居直りと受け取られても仕方がない。第一日本国の首相が国民に増税のお願いをする時、怪しげな外国語を使うこと自体、非常識の謗りを免れない所業といわねばなるまい。首相が使った英語(?)らしき単語を全く理解できない日本人が(とりわけ高齢者に)どれだけいるかと考えたとき、首相の発言はそれだけでも国民を小ばかにした非常識なものとしか言いようが無い。

 首相はまた少子高齢化社会の社会保障の負担方式について「昔は一人の高齢者を多数の若者がお御輿を担ぐ『みこし型』で支えていたが少子化の進行によって現在は老人一人を若者三人で担ぐ『騎馬戦型』に、更に将来はこれが若者一人で老人一人を背負う『おんぶ型』になるとも説明した。この説明が真実だとしたら、それは現在の若者たちにとって「耐えられない日本の未来像」だろうし、そんなことはとっくに判っていたはずだろう。わずか十年前に「百年安心の年金制度」とのキャッチフレーズで自公政権が打ち出した年金改革案に猛反対した民主党、それが十年も経たないうちに消費税を倍増すると世界に向かった公約しなければ、世界を覆う信用不安の嵐に立ち向かうことができなくなるほどの重大事であるとの認識すらなかったということだ。

 太平洋戦争の敗戦から、高度成長期を経て世界に冠たる経済大国にのし上げたのは、やはり敗戦当時若者だった現在の高齢者たちなのだ。そのエネルギーの源泉は唯一「将来への夢」だったのだ。未来に希望の持てない現在の若者たちが「おんぶ型」の日本の未来に希望が持てないのは当然だろう。高度成長期の恩恵に浴して育った段階の世代は、次世代に増税のツケを回すのではなく「生まれてきて良かったと思える日本の未来像」を今こそ明確に示し、自らその先頭に立って実行するリーダーにならねばなるまい。
 

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